資産家であるとともに派手な女性関係でも知られたことから「紀州のドンファン」の異名をとった実業家の野崎幸助さんが亡くなったのは2018年のこと。死因が急性覚せい剤中毒だったことから、死の真相を巡りワイドショーなどでも取り上げられ、本人の思いを残した遺言書の真贋を巡っても法廷劇にまで発展した。
本人の死亡から1年以上が経過してから発見された遺言書には、手書きの赤い文字でこう記されていた。
「いごん
個人の全財産を田辺市にキフする
野崎幸助」
この遺言書が「怪しい」というのが親族らの主張だ。遺言書はコピー用紙1枚に赤ペンで手書きされ、また発見された状況も不自然であることから、「熟慮の末に作成されたとは考えにくく、本人以外が作成に関与した」として、親族らは遺言の全面無効を求めた。
このほど和歌山地裁が下した判決では「遺言は本人の手によるものであり、内容は有効」と認めた。
親族らの主張では、遺言書に書かれた野崎さんの「野」の文字と、別の資料の同じ文字では形に違いが見られるとしていたが、判決では「筆跡の鑑定書などから筆跡には筆の癖など個人の変動は大きいものの、野崎さん固有の筆跡、資料に恒常的に表れている筆の癖などが認められることから、遺言書と対照資料と同一人物であると結論付けていて、野崎さんの筆跡とみて相違ない」とした。さらに、野崎さんが生前にも田辺市に対して1千万円を超える寄付を行い、それを継続する意向を示していたことから、「十数億円の資産すべてを地元の田辺市に遺贈するという内容と遺言は矛盾しない」として、親族らの訴えを退ける判決を言い渡した。
判決を受けて田辺市の真砂充敏市長は「遺言書が有効であるという本市の主張が認められたものと受け止めております。本市といたしましては、引き続き適正な対応に努めてまいりたいと考えております」とコメントした。
遺言に法的効力を持たせるためのルールは民法で定められているが、筆記用具や用紙に関する規定は存在しない。コピー用紙1枚に赤ペン書きであろうと、メモ用紙に鉛筆書きであろうと、それ自体が遺言を無効とすることはない。ただ実際に野崎さんのケースのような訴えが起きている以上、遺言を残す側としては財産の内容に見合った、ある程度の体裁を整えるのも大事だろう。
もっとも体裁以前に、作成された遺言が法的効力を満たしていないのなら問題外だ。本人が書いたことが明らかで、また家族への思いが詰まっていたとしても、法的要件を満たさない遺言は遺産分割に対する強制力を何ら持たない・・・
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